慢性疲労症候群と
その関連疾患に関する
情報提供

The name "Co-Cure" stands for "Cooperate and
Communicate for a Cure."

Co-Cureとは、完治に向けた協力と交流を表しています。

今は亡き友人達に捧ぐ

 

 

慢性疲労症候群 [膠原病類縁疾患=自己免疫疾患]

  (Chronic Fatigue Syndrome(CFS) / ME= Myalgic Encephalomyelitis(ME)/etc)

    …別称、慢性疲労免疫不全症候群、筋痛性脳脊髄炎など…

 

ここで取り上げている病態は癌・血液癌・結核や、膠原病リウマチ科で取り扱う「不明熱」の中でも

「検査に異常が出ない深刻な免疫疾患」のことである

 

 


 

1.慢性疲労症候群はこちら


 

*慢性疲労症候群が日本に入って三十年近く経過するが未だに「実態」が伝わらない最大の要因「東京の内科医療」と「CRP」

2.東京の内科医療とCRP

(全科のことではないが・・・)

 

 

 


※慢性疲労症候群や、他の「非常に元気そうに見える」患者(サバイバー)の方々へ。

健常者が一人でもいる家庭と、「老老介護」「老病介護」「病病介護」はワケが違う。

すでに「介護側」になっている方々も多いと思うが、外見元気そうな病人の家族が「患者数の多い病気」を発症した場合、

救急外来専門医でもない限り、”家族の病気の主治医達”から理解を得ることは「不可能」である。

どれだけ命を削って補助していても「足りない」と医師から非難され、何でも「家族のせい」としたがる医師達からは、

あたかも「発病の犯人扱い」をされ、「ないこと」までカルテに書かれ、医療関係者に疑われ続ける。

目に見えない病気を持つ患者は、「医者とはそういうものであること」を常に忘れないでほしい。

---思い出してほしい。小児慢性疲労症候群の発症に対して「親の育て方が悪い」(親が原因)と言い切るのが

「医者」であり「全てを家族のせい」にするのが「医者」である。慢性疲労症候群やその関連疾患の患者だけではなく、

多くの「家族」が医者の犠牲者になっている---

家族が発病すれば「やってはいけないこと」ばかり続ける毎日となり、免疫抑制をはじめ、いくら治療をしたところで

「病勢が好転することはない」ということも、”覚悟”しておいた方がよい。

・・・まず、自分の通院が出来なくなる(付き添いに追われる。自分の通院は出来る限りカット)、家では、家族にさえ具合が

悪いと言えなくなる。病人は「病人」に対して敏感で健常者の100倍は気を遣う結果、BNPが上昇したり、ばれないように

ニトロを使う羽目に陥る。避けなければいけない「異様なストレスまみれ」の毎日に、物理的な負担ばかり増加する。

その上、いくらやっても家族の主治医たちの理解のなさから「もっと手伝え」と非難され更なる余計なストレスを抱え込む。

・・・理解を示そうともしない医者の言動を見ていると「目に見えない病人は早く死ね」以外に解釈できない・・・

生物製剤が使えない”生物製剤難民”の場合「ステロイド」と「免疫抑制剤」しかないが必要最低限では病勢コントロールも

日常生活も出来なくなる。致命的な副作用も増える。

外見「元気そうに見える病気」を抱える患者は、一生「医者から疑われ続ける」ということをしっかり覚悟し、

「現実」を受け止めてほしい。(覚悟が中途半端では生きていけない)

せめてもの救いは、無理がたたるのであろう、周りを見渡した時、殆どが「家族より短命である」ことである。

「人間みな死ぬ」。キレイごとではとても生きていけない。「無人島に生きる」、「全ては自分のため」と割り切り、

終わりは”必ず”来ることを救いに、「誇りを持って高らかに死ねるよう」、出来る限り頑張ってほしい。

 

  以下、周囲に振り回されず「自分」という軸をぶれないように保つ一つの”技術”を紹介する。

  1.死ぬまでに、「黙って介護」の含め「やらなければならないこと」を「3つ」に絞り込む。

   (どうしても浮かばなければ1つでも良いが、些細なことでもあっても合計「3つ」の方が安定する)

  2.何があっても「それ」だけは継続・死守するよう努力・工夫し、自分の死に向かって決然と前進することだけに集中する。

   (「前進」を止めないよう、”なりふり構わず”「ありとあらゆる工夫」「決して振り返らない努力」に没頭する・・・対病生活と同じ

  3.「死」が何であっても「ゴール」は「ゴール」。ゴールが見えている限り無理は出来る。

   (医者に犯人扱いされ「死ね」とまで言われた人間としての生き方を貫く。そこまで言われて生きている必要はない)

 

 

※1.「対病技術」(日常生活対策)と殆ど変わりはないが、日本社会で、外見非常に元気そうな治療法がない病人が介護する場合、

自分が生きることではなく「死ぬこと」をゴールと見据える。(徹底的に「早急に」方向転換しなければストレスで余計に難しくなる)

--要するに「ナントカしなければならない」。「覚悟一つ」でナントカできる。「やるかやらないか」他人がなんとかできる問題ではない--

ゴールの方向転嫁は「自分の尊厳を貫く」ということ。患者は誰でもかれでも命乞いをする存在ではない。寿命は「自分で」決める(尊厳死)。

「患者を怒らせる」という意味を、医師は、よく考えてほしい。「医療」は患者の「生きる・治す意志」がなければ成り立たない。

 ”家族・生活を支える間”と「期限・条件を決めて」はいるが「すでに人生を終えた人間だからこそ」伝えられる内容である。

日本(東京)のふざけた内科医達は「人間」についてよく学び教育し、二度と「生きる・治す気」をなくすような医療をしないでほしい

 

※2.「介護」の部分は、「真似できるものならやってみろ」という『高いプライド(誇り)』につながれば精神的ストレスは「一切」発生しない。

   ただ、現実的に身体的な負担は異常に増加しているので、それなりの対応策を”自分の主治医と”相談しなければならない。

   「病気だから出来ない・やめとけ」というような主治医は相手にしない。どんな病気であっても「病気」は「廃人宣言ではない」

   (目に見えようが見えまいがあなたが家族に出来ることはある)。あなたの人生の”軸”に沿った方法を考えてくれる医師を探す。

 

※3.外から見えない病気を持つ場合、「周囲に人間はいないと考える」「絶対に信用しない」のも一つの策である。

   (完全に背を向け”なりふりかまわず”「自分のなすべきこと」に集中する。人生は短い。集中の邪魔だけはさせない)

    ---コツは「何があっても前進する」「止まるな」「何がなんでも最後まで行きつけ」---

    片づければ「前に進める」。”片づけ方”など「前進のためなら」前向きでも後ろ向きでどうでもよい。

    瞬時に切り替える。ぐずぐずしている時間はない。集中すれば何でも「面白い」。

・・・長い長い慢性疲労症候群時代は「気のせい」、「再発性多発性軟骨炎」「腸管ベーチェット」では「CRPが正常だから治療しない。

東京の医者対策として「もともとこの世に生まれてこなかった」で「片づけ」(現実対策)15歳から命がけで人並み以上のこなした約40年。

「片づけ効果」は実証済み。「もともと生きていなかった」を含めすべて「もともとなかったこと」にすれば必ず「前に進むことはできる」

 

 

 

「CRP」について東京の内科医療とCRP

全身性炎症があるにも関わらず「CRP陰性」については、2004年、結核予防会が「CRPは信頼に欠く」と発表しているが

東京では未だに「CRP」一辺倒になっている。どうなっているのか。

(西日本〜九州では症状と食い違う場合SAAに切り替えて検査している)

・・・「全身性炎症があるにも関わらずCRP陰性」について知りたければ「結核予防会」に教えて貰えばよい。

結核専門医は人類の存亡に大きく関わる病原菌」を扱うがゆえに「世界組織」で、最も信頼のおける「免疫の専門家」の一つ。

もちろん”東京”の大学病院のような「お子ちゃま集団」ではない。

”CRP”に関しては、「自治体の健康診断」が絡む限り「国」として非常に緊急性を要する問題であり、今更、自己免疫疾患の患者

が東京の「学校」に協力して「ゼロから解明」云々というレベルの問題ではない。

よく知っている世界規模の成熟した研究機関から教えを乞うのも「科学者」として重大な役割である。

---自己免疫疾患には比較的よく見られる現象で、同分野には、他に同様の患者がいる。

問題は「自己免疫疾患だけに起きる現象ではない」(感染症で起きている)という点にある---

 

※東京の医学部・内科はどこも「”東京だから”(日本一)」とプライドばかり一級で「他から学ぶ」という発想がなく、

 東京(内科)だけが取り残される要因の一つとなっている。

 (地方の医学部は自分達が日本一など考えたこともなく、本当に第一線を行く学校は「世界」を知っており、

 もっと貪欲に「他から」学んでいる)

 

※東京の国立・私立大学病院職員の「おこちゃま化」はすさまじく、地方の大学レベルではない。

 2006年東大病院内科外来では、紙に「しつけ」と書いて、外来の壁のあちこちに張ってあったのが印象的である。

 その頃の外来担当医達が東京の現・国立・私立の膠原病内科教授・准教授である。

     

 

     

上記、もともと生きていなかったことにする「片付け術」は、ゴールを見据えて真剣に「”死ぬ準備”に没頭する」だけのことだが、「持ち時間を

最大限有効に活用する方法」とも解釈出来る。人生にネガティブもポジティブもない。ゴールは一つ。少しでも参考になればと願う。

相変わらず車内で高齢者に席を譲ってくれるのは西洋人であるように、”日本社会”は欧米社会とは「違う」。

(これで、オリンピックを開催する都市なのか?--福岡では「ありえない」現象--)

最も現実がわかっていないのは「日本の医者」である。現実が見えない医者に患者の救済は出来ない。

「治療法のない病気」「外見非常に元気そうに見える病気」を抱え「日本に生きる」という現実を真正面から受け止め、

周囲・医者に振り回されないよう、個々、必死で「自分の方法」を編み出してほしい。

”日本の医療関係者”とは、「家族の発病の犯人扱い」をし、「ないこと」までカルテに書き、患者を疑い続ける存在であり、

「あなた死んでもいいじゃない。あなたが死んだところで、誰が気にするわけなし、何が変わるわけでなし」

”外見が元気そうに見える病人”に対してそう言えるのが「日本の医者」の殆どであることを決して忘れてはならない。

死ぬ間際、医者にヒトコト、「お陰で人生オモシロかった」と言えるよう努力してほしい。

  ・・・一人で歩いていた時に発症したケースに「きっかけ」も「犯人」もへったくれもない (証明はとれる)。

  医師にデタラメをカルテに書いた理由を尋ねたところ医師が「わからない」という。処方も、朝夕別々に

     服用指示があるにもかかわらず「朝一回」となっており訂正がない。その程度が「国際福祉大学」の教授である。

  「カルテには何を書かれているかワカラナイ」。医者のカルテだからといって鵜呑みは出来ない。

  下手すると誤認逮捕まで結びつく「大問題」。患者は警戒しなければならない。警察も医師のカルテには警戒してほしい。

 


 

◆目次2の内容にあるよう東京内科医療は腐っている。

1.  有名私立大学病院(2校)の診察室では教授が診察・検査・患者の話も聞かず「自分のこと・趣味の話」ばかり1.5時間〜3時間、

国立大学では(日本の)「西と東では文化が違う」と言い、開業医は話も聞かず「ポリシーが合わないから他へ行け」と言う。

「国際福祉大学」の出向病院には絆創膏をハズした時、「患者が”痛い”」と伝えても一言もなく「笑っている職員さえいる。

同大学は超有名医者ばかり教員に揃えて何を教育しているのか。

東京医療は”外科”以外は「一時が万事であることを、患者は肝に銘じておかなければならない。

2.  同じ「特区」でも、輸入増加のため「検疫」などで需要・供給が全く追いつかない「”獣医不足”(国防問題)」の方ではなく

”少子化・医学部過剰の東京”で「特区」に指定し、「私立大学」に新たに”医学部”を作り、リタイアメントクラブのように有名

大学医学部退官組を教授陣を置き、ロクな教育も出来ない「国際福祉大学」に税金を使う方が、遥かに問題は大きい。

---そもそも、いくら名人でも、現役時代に精魂尽き果てて退官した教授陣であれば、「教育」という、最も精神・肉体的に

過酷な職業が「再度」勤まるのか疑問である。なぜ特区なのか・医学部設立を許可したのか、現実的に考えて不可解極まりない。

おまけに上記大学新医学部関係者達は「獣医不足のために特区で設立する学校(国防)の方が問題だ」と”問題を挿げ替える”。

(現政治家達は「何を聞き・調べ・見ているのか」。呆れてモノが言えない。現政治家は「東京の医者の代弁・代行者」なのか?)

3. 東大の膠原病内科とその卒業生達は「希少疾患など研究してもカネにならない」と言い、「難病」に対しては、「予算がないから

認定患者を削る」としか言わず、率先して「政治家の代弁・代行」をしている。

(医者であれば「予算がどうであれ厳しい立場にある難病患者を救済すべく、”政治家を説得する”のが筋であろう)

東京の「政治家と医者達の癒着関係」は目に余るものがあり吐き気がする。

4. 「今時」24時間ホルター心電図は「入浴不可」「汗厳禁」などという機械”しか存在しない”「東京医療」はどうなっているのか?

(「東京になければ日本のどこにもない」と医者は公言するが関西・九州(西日本)では今時、東京式の古臭い機械など見たことがない)

慢性疲労症候群といい、CRPといい、24時間ホルター心電図といい、一事が万事の東京は一体何をやっているのか。

・・・東京の24時間ホルター心電図は開業医の話ではない。

  順天堂で2017年1月現在、国際福祉大学の出向病院など「今月」(2017年10月現在)の話である・・・

5. 東京では、西日本医療現場で林立する「島津製作所」や「大林組」の大型医療機器は見たことがない。

(東京では「医療機器」といえばほぼ一社に近かったような印象がある)

どれが優秀なのかは知らないが、東京で病変が見つからず関西で病変が発覚(CT)という経験もある。解析する側(読み手)の問題だと

信じたいが何よりまず「ほぼ一社は不自然」であり「政府のおひざ元」というのは、こういう現象が起きる場所なのか唖然とするばかりである。

”公取”など、「東京では」何も見ようとしない政治家・役人の顔色ばかり見る単なる腰抜け・役立たずに成り下がっているのではないかと

「強く」疑う。何が「独立性の高い省庁」か。単なる「役所」にすぎないではないか。税金で食って、天下り先まで用意されて、肝心なものは

何も見えていないとは、結構なご身分である。

 

 


 

◆日本の医療は「東西で分裂している」(東京が「西日本医療を”見ようとしない”」。東京は確かに取り残されている)

国際福祉大学出向病院の職員など、西日本の話をすると露骨に不機嫌な顔をする(「患者の為に情報を集めよう」という意識すらない)

外科は別格ではあるが、「東京医療」は本当に「患者の為の医療」をやっているのか?

狭い国土で、医療における「東西分裂」など、どこの国でも聞いたことはない。

 

演説で「つかむ」地方ネタばかりに熱心で「本気で地方から学ぼうとすることなど考えたことのない政治家」「親戚一同から過保護に大事に

守られて偉くなっていく真面目だけが取り柄のおぼっちゃま政治家」「原発事故では”安全です”と国民をだまし続けながら”ぶれない”を

うたう政治家」、この中で、いったい「誰」が本気で「日本(東京)の事」を考えているのか?(何も見ない・知らない・見えない・知ってるつもり)

”医療”は「自治体の政策の現れの一つ」。今の腐った東京医療は、東京の政治の腐敗そのもの。

また、東京には、IT関連などの若い大金持ちが、自身は長い闘病生活など経験したこともない、「社会における医療の在り方」など「何も

知らない」「考えたこともない」「一生考えない」存在でありながら、スポンサー気取りで自分の知り合いの大学関係者の研究などに

多額の寄付、など大きく「カネ」が絡み、「ゆがみまくった医療」を後押ししている。

(「死体が出たら信じる」などと診察室で医者が患者に伝える、ノーベル賞学者と関係の深い、巨大赤字を抱える東京の私立医学部の

カネ集め対策に見事に乗っかり、本当に困っている患者達のことなど「考えたこともない」「見ようともしない」「患者に協力している”つもり”」)

流れ込むカネの額は関西とは桁が違う。(「西と東は文化が違う」と同私立卒の医者はいうが、それは「カネの桁」の話である)

 

東大など国立の”内科”では「目で見てわかる症状を機械にかけて数値化されないと信じない」という考え方が「スタンダード」で、

超有名私立医学部でも「医療」に対して「文化が違う」という考え方が集まって「死体が出たら信じる」などという、臨床現場医療を

延々とやっているのが「東京医療」。

(未だに、「汗厳禁」「風呂厳禁」の時代遅れの24時間ホルターを使わされ「東京になかったら日本中どこにもないですよ」と医者に

言いくるめられているのが「東京の患者」。東京の患者が「大人しい」ということは「それでいい」(容認)ということなのであろうが、

西日本の医者を含む、医療関係者からは呆れられ・患者からは「東京の医者は人の命を”命”と思わないようだ」と笑われている)

--まっとうな内科開業医もいるだろうが、一言も話す前に「あなたとはポリシーが違うから他へ行け」というのが東京の内科開業医--

(激しい全身性炎症が起きているにも関わらずCRPが正常を保つことを言っている)

 

なんでもかんでも「見ない」「見えない」「つもり」の”東京”とは一体何だ? 

これだけ、どの角度で見ても「見えていない東京」では「まともな医療」は無理のようである。東京が日本をつぶしている。

 

最近スマホを使って一般の女性を中心に「東京医療ファンクラブ活動」を繰り広げているようだが、この「東京医療」に巻き

込まれているのが「東京に暮らす人々」であり、いずれ被害に遭うのは「あなた自身やあなたの子供・旦那・家族」である。

西日本・九州ではさっさと診断がついて治療が始まる病気も、東京では何十年放置して、まだ診断もつかなければ

治療もしてくれない病気が多々ある。”病気”は「いつ」「どこでも」あなたに降りかかる命の話である。それでいいのか?

 

 

 

    1)東京は、「関西のような環境は望めない」という「現実」を受け止めてほしい。

     関西の場合、経営が絡む私立が林立しているのではなく、独立性の高い、非常に優秀な国公立が3校(京都・大阪・神戸)

     凌ぎを削っており、東京のように「事実上東大」しかないような「xx傘下」が出来る土地柄とは全く違う。

     また、関西は、東京のような「閉鎖的」な風土はなく「東京医療はいい加減だから信用しない」などと馬鹿げた

     ことは言わない。(東京では「関西医療はいい加減だから信用しない」と、国を代表する東大卒の教授が言い張る)

     東京の大金持ちたちは、よく考えてほしい。

     同じカネを出すなら、「東京の私立のファンクラブ」のような”ノリ”で出すのではなく、「日本のため」「人類のため」

     をしっかり考え「その為には、どこに、重点的に出すべきか」、真剣に選んでカネを出してほしい。

     西日本には、”人類の期待と希望”、”世界が誇る技術・頭脳”をかなぐり捨ててまで「日本のため」と命を削り

     カネ集めでも何でもする稀有な熱血のノーベル賞学者がいる。

     「東京の医学部ファンクラブ」のノリでカネを出す大金持ちたちには「見えているのか?」「何を見ているのか?」

     ◆「西洋医学・医療」というものは、なんでもかんでも水に流す日本の「茶漬け文化」の上に成り立っているもの

     ”ではなく”、「形だけ」真似をしても日本では「機能しないことが多い」ということをよく覚えていてほしい。

 

「ほぼ私立」の東京では”関西並みの環境は求められない”にも関わらずわざわざ特区を設定してまで、東大の資金集めのような

”国際福祉大学”(また私立)の医学部設立の為に税金を使うなら、そのカネで「ノーベル賞受賞者にしっかり研究して貰いたい」

と考えないのか。自分たち(政治家たち)の命にも関わることであり、東京の医者の言いなりになっている政府・政治家は「国民の

健康・生命について」真剣に考えているとは思えない。彼らのやっている”本末転倒”も全く理解不可能である。

     

 

  自分の会社にノーベル賞を受賞者(技術者)が出たら、その技術者に「カネ集め」させるのか? 

  たとえ本人が望んだにしても、一般社会ではありえない、世界から見ても「信じらない」ことが起きている。

  基本「技術」は「その人しかできないこと」である。すでに獲得した技術を教えることは出来ても

  「更なる技術の発展」は「ノーベル賞を受賞するような高い技術と能力を持ち合わせた人間」が

  切り進んでもらわないと困る。

  京大からノーベル賞受賞者が出て以降、「日本という会社」(政府を含む”東京”)がやってきたことは、

  「ノーベル賞学者にカネ集めをさせる」という、この世で「聞いたこともない」”本末転倒”であり、

  それを支えたのが、「”日本”(国)のことを考えたこともない東京」とそれを支える上記の存在である。

  大学病院の医師たちの感覚    

 

              

 

 

 

◆西日本の研究者は、「東京」が日本の中で唯一「社会構造が特殊」であること、

「日本中で最もオールジャパンになりにくい社会」であることを理解してほしい。

(東京の私立医学部の赤字たるや、どこも尋常ではない。

「医学部といえばほぼ私立」の東京では少子化も伴い「自分の学校の経営・宣伝最優先」に

ならざるをえず、たのみの最高峰の国立(東大)は政治との癒着があまりにも激しい・・・

・・・東大に都合の良いよう政治家を利用し、政治家も社会に対する影響力の大きい東大を

利用する) --東京だけ「文化が違う」--

患者達には時間がない。今元気な人も一寸先はわからない。

「最も優れた技術・能力のある研究者により」「どこよりも早く治療法を開発してほしい」

世界中経験したことのない超少子高齢化に突入した「日本」にとっても、

海外のワカラナイ薬をトンデモナイ高値で買わされ、そのために税金を使う余裕はない。

国内ならどこでもいい。「できるところが」”命がけで”研究してほしい。

最も近道にいるノーベル賞受賞研究者から「経営者」などという情けない言葉は聞きたくない。

日本政府には、「どこの誰に重点的に資金を援助すべきか」、

国民の為にもっと戦略的になってほしい。命がかかっている。

---「”現役で”ノーベル賞受賞」という立場は「世界(人類)から期待を一身に背負っている

ということである。その研究者に「”カネ集め”をさせ、研究に没頭させない」。

一方、「国際福祉大学」のように、「医学部過密の”東京”に、国家戦略特区として「医学部」を

新たに設立・開設の為に税金を使った」という現実は、「政府が”意味”を全く理解していない」

ということを如実に表しており、”全世界に対して”恥をかいている---

   

 

          

    2)昨今の「エビデント・ベースト医療」はオカシイ。

    医者からは、二言目には「科学者だから」という言葉がかえってくるが、

    本当の科学者なら「2−3言、言葉を交わせば真偽は見抜ける」。(「長くて2−3分話せばわかる」と物理学者)

    それを、東京の医者は「何十年」延々と疑い続ける。頭が悪いのか?

    一般社会でも「機械」を盲信することはない。(検査データの改ざんなど何をやっているかわからない。ましてや、

    医療業界は一般業界より不透明で権力・政治力のある学校・医師との癒着が強い。「東京」は言わずもがな)

    また、”一般常識”では、機械(検査機器)は永遠に発展途上で「完璧はない」。

    医者の「検査絶対主義」(検査に出ないから何もありません)は、とても「科学者」「科学的」とは思えない。

    医学教育において、「患者の報告から正しい推論を導く」ような「正しい科学教育」をしているとは全く思えない。

    はっきり言って、今の、殆どの医療(臨床)現場は、「非科学的」の権化である。

    ■「なんでもかんでも生検・検査で証明出来る」というのが東大傘下の東京医療であるが、脳の白質(MRIで映る

     ”虚血性”と呼ばれる白い「脳のしみ」)ひとつとっても「MRIでは映るが”病理(生検)では見えない”」。

     ”病気の証明”は「xxに映れば」「xxの検査に出れば」「病理で証明出きれば」という単純なものではない。

     ”病気”という「自然現象」は「物質相手ではない」ことを肝に銘じてほしい、

 

 

        ・・・日本では、そもそも”科学”における「社会の扱い」が、オカシイ。

        れっきとした科学である「気象予報」など、予報士が面白いのは楽しくて良いが

        予報が外れても、のうのうと言い訳ばかりさせて「笑っている」。

        (戦時下で気象予報が外れて笑っていられるのか?気象予報士はタレントではない。

        「天気予報などどーせ外れる」では済まない。それだけの予算を使っている。

        ”職業”でありながら「難しいのです」と笑わせていて平気でいる神経が全く理解できない。

        一般社会は「難しいこと」を必死で「ナントカしよう」というところで成り立っている。

        難しいことでもナントカならなかった場合、笑ってすますことは許されない。)

        日本の場合「”会社”における科学」に関してはごく常識的なものではあるが、

        ”社会”は、「科学」を、あまりにも”特別(別格)なもの”として扱っており(特別に甘やかす)

        「生命科学」に至っては最初から「ワカラナイ」と投げ、「社会」として非常に恥ずかしい。

 

         ”論理的思考”というものは理科系もへったくれもなく、知識でもない。

           生き物である限り「論理的思考」ができなければ死ぬ。

           「これは食い物」「これは食い物ではない」。この選択時点ですでに論理的思考が働いている。

 

 


 

        日本社会における、医学・科学に関しては、一般の人が「誰もが持つ論理的思考」を持って接しない限り、

        医者は「永遠に不完全な機械」ばかりに頼って「証明」とかいう呆れた行為に走り、患者の報告は永遠に無視される。

        ・・・物理の世界では「証明」に何百年かかっていると思っているのか。医者の科学音痴もいい加減にしてほしい・・・

        また、「お医者様にこういう事を尋ねて失礼ではないですか?」などは「一体どういうことなのか?」理解できない。

        失礼も何も「カネを払うのだから(税金を使っているのだから)」尋ねて当たり前。(医者は答えて当たり前)

        ・・・野菜を買う時、”八百屋”という専門家」にモノを尋ねて、失礼に当たるのか?・・・

        医学用語を多少知っているからといって医者から「よくご存じですね」などとも言われたくもない。

        一般社会人は、ほぼ全員それぞれ何らかの分野の「専門家」であり、たとえ医者が患者の専門分野の用語を

        多少知っていたとしても、患者側は何ら特別なことと感じない。(医学用語も車の部品の名称も同じ)

        なぜ、医学用語だけ特別扱いしているのか。

        結局、「日本社会」が医者を甘やかし、堕落させ、それが自分の身に戻ってきており、

        世界の先進国に例を見ない「日本社会特有の”科学特別扱い”」が馬鹿げた医者の教育を助長している。

        もう一度伝える。「科学・論理的思考」は、誰もがもつ「本能」であり、何ら特別なものではない。

 

 


 

 

ナンデモカンデモ「生検や機械を使って証明しないと認めない」という「東京内科医療」について

  1.日本(国)全体の医療の発展を妨害・邪魔し続けている。 

    (未だにノーベル賞受賞者にカネ集めをさせている。臨床における西日本・九州での常識を東京が否定する・認めない)

  2.日本中の患者に多大なる迷惑をかけ続けている。

    (西日本〜九州の診断・治療を東京が認めない)  

  3.東京に暮らす人々に甚大なる迷惑と実害を与え続けている

    (今時「汗・風呂厳禁」時代遅れの24時間ホルター心電図、大型医療機器は「ほぼ一社」、何もかも「生検・機械による

    数値化(検査の異常)を伴わないと「信じない」、西日本・九州では診断がついて治療が行われるケースでも、何十年間、

    診断・治療をせず「認めない」、など)  

    …「検査」は「すべてではない」(脳の虚血性白質化でも「MRIには映るが病理(生検)では”見えない”」)・・・

 政治家を含め東京に暮らす人々・医者達は、「東京内科医療」をこのまま放っておいてよいのか(あまりにもひどい)

 本当に「現状が”嫌”」なのであればそれぞれの立場で「何が出来るか」真剣に考え「あなたに出来る事を”必ず”実行してほしい」

 すべては「あなたに降りかかる問題」である。「人任せ」にするなど厚かましい限りである。

 

        


 

 

◆「慢性疲労症候群」に関しては、南半球最古の新聞、オーストラリアの「シドニー・モーニング・ヘラルド紙」(医学ジャーナリスト・

ジュリー・ロボサム氏による署名入りの記事:  ーチェット病と酷似していたCFS死亡例」:Alison Hunter さん、2002年(邦訳)」

でさえ同国の誤った慢性疲労症候群の認識を変えるに至っていない。アメリカでも正論が一向に届かない。欧州でも同じ。

日本でも、「慢性疲労症候群の実態」を伝え続ける事により、「東京で」、当アドミニストレーターとその家族が、日本医学界から「執拗で

異様な”命に関わる”嫌がらせや被害」(医者であれば、「患者がどうなるか」わかるであろう「犯罪」)に遭い続けていることを考えると、

「慢性疲労症候群」に関しては、”世界的に”「患者を利用する、”政治力の強い”悪質な医者集団が関わっている」としか考えられない。

・・・米英では長年「慢性疲労症候群のカバーアップ(隠ぺい)」が問題になっており、”慢性疲労症候群の認識”は「世界中がおかしい」。

ただ、「日本」は、いつまでもそんなことに巻き込まれていて良いのか?

日本がおかれた深刻な状況(世界が経験したことのない超高齢化・少子化、人口減少)を抱えて、日本は、このままでいいのか?

 

 

キレイごとが通用しない本当に苦しんでいる病人や、本当に真剣に医療をしている医師には、

このページに書かれた意味、書いた患者の病状・置かれた立場・深刻な現実は透けるように見えていると思う。

--決して暇人がクダを巻いているわけではない。「病人の覚悟」の意味もわからない、肩書・ブランドしか信用

  できないような人間は口を出さず引っ込んでいてほしい。あなたの「命」にもかかわることである--

慢性疲労症候群のような「検査に出ない」深刻な病気はこれ以上”東京”の不真面目なバカ騒ぎにひっかきまわせされている時間は「ない」

不運にも慢性疲労症候群にかかわった患者と家族は、それぞれが”覚悟を持って”「前」に進み続けるしかない。

 

「すべては慢性疲労症候群から始まった」。(慢性疲労症候群は誰にでもかかりうる病気で非常にすそ野が広い)

「慢性疲労症候群」に関しては、医療問題を通り越して「人権問題」にもなっている。

いつになったら、「慢性疲労症候群」の正しい認識・診療を開始してくれるのか。

いつまで待たせたら気が済むのか。

「医療は何の為なのか」

「患者は何の為に言葉を尽くして医師に伝えているのか」

『命・人生を返せ』

子供の場合、早期診断・早期治療が功を奏すことが多く、人生を分ける

 

 

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遺言

1月1日、2017年

 

 



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