シドニー・モーニング・ヘラルド紙、545日週末版

ニュースレビュー37: 医学ジャーナリスト、 ジュリー・ロボサム氏

Alisonは、強制収容所を体験しているようだったー

そこで侮辱と残酷な扱いを受け、尋常でない身体的苦痛を味わっていた。」

写真:アンドリュー・ミアース氏

 


 

慢性疲労症候群(ME/CFS)の患者達は、「慢性疲労症候群を、主として心因性の疾患であると暗示している

“新しい治療ガイドライン”に腹を立てている」と、医学・ジャーナリストのジュリー・ロボサム氏は執筆している。

 

アリソン・ハンターさんが最初に発症したのは、まだ小学生の時だった。

かつて、「自分の脚にはレモネードが、顔にはシムラーズがある」と言っていた。

これは彼女が幼い頃、自分を苦しめる異様な感覚と恐怖感を表現するために選んだ言葉であった。

 

     訳注:シムラーズ(Shimlers)は人の名前である。

当時幼かったアリソンさんは、「足には異様な感覚が、顔はとても不可解な感じがする」

と表現したかったのであろうか。

今は亡きアリソンさんとご両親のみが知るアリソンさんが幼き日の「アリソン語」である。  

 

 

アリソンさんが亡くなった時、この病気を説明する用語は依然として問題であった。重篤な身体症状と、

病理学検査および神経学的検査での異常な結果が10年間に渉ってみられたにもかかわらず、彼女の

病状を表現するのについて、医学は「慢性疲労症候群」という病名より明確な用語にたどりつくことはなかった。 

 

      訳注:通常、慢性疲労症候群の血液検査は正常である。

 

オーストラリアME/CFS協会のサイモン・モールスワース代表は、「この病気に対するそういった姿勢が、

オーストラリアの医療機関でまさに制度化されようとしており、ほぼすべての医者に新しい治療ガイドラインが

提供されることになっていて、明日にもそのガイドラインに沿った治療が始まろうとしている」と述べている。

 

モールズワース代表は、「このガイドラインは主に慢性疲労症候群に関する専門知識をもたない一般医を

対象としているが、公然と、慢性疲労症候群が心因性の疾患であると記述し、最近明らかになってきている

代謝異常、感染、 免疫異常がCFSを引き起こす可能性があるということには殆どふれていない」と述べる。

 

モールズワース氏は、「このガイドラインでは、軽い一時的な症状をもつ患者と、 アリソン・ハンターさん

のように重篤で瀕死状態の患者を十分に鑑別できない」と述べている。

 

特に異論が多いのは、「認知行動療法(CBT)」という、患者の否定的な言動に目を向ける事により、

それを変えることが出来るとする心理療法に関する記述である。

この治療ガイドラインに記載されていた慢性疲労症候群の患者の症例として次のようなものが含まれている。

 

◎身体を少し動かしただけでも身体に害を及ぼし病気を長引かせるという恐怖。

◎どんな治療も無効で完全に休養するしかないという思いこみ。

◎仕事や学校、社会活動から完全に離れることが必要であるという信じこみ

 

実際のところアリソンさんの場合も休学したくなかったのだ。「娘は本当に学校に行きたがっていた」、と

母親のクリスティン・ハンターさんは話している。  

 

クリスティンさんは、アリソンさんの強い希望で、実際使うことはできなかったが、学校指定の体操服を購入した

のだった。最初に発症した症状から一時小康を得た10歳の時、アリソンさんは学校の水泳の授業に復帰した。

性格的に手を抜くことができなかった彼女は倒れるまでコースを往復して泳いだ。  

 

ガイドラインによると、「慢性疲労症候群の治療において心理療法を用いることは、慢性疲労症候群が

心因性の疾患であることを意味するわけではない」という。  

 

ガイドラインに書かれている事は、「心理学用語に違和感を感じている患者がいる。彼らは、心理学用語は

彼らの症状や障害が、“想像上のもの、作為的なもの、あるいは心身症的なものであると暗示している”と

思っているが、それは根拠のない思い込みである」とある。  

 

しかし、アリソンさんが学んだ現実は、どれほど多くの証拠が心因性のものではないと示唆していても、

彼女の病気が心理的なものに違いないと決めつける医者がいるということだった。

 

「学校に対する彼女の態度が真の問題である」という医師の忠告をかわすために、彼女は診察時には

制服を着るようになった。

また彼女は、拒食症であるとの疑いもかけられ、両親は娘の消化不良について何ケ月にもわたって

医師に繰り返し訴えたにもかかわらず彼女の体重減少の真の原因は調べられることはなかった。

後になって、やっと医者は正式に拒食症の可能性を排除した。

看護師たちもアリソンさんのベッドの前は無視して通り過ぎ、より分かりやすい病気の患者に注意をむけた。  

 

アリソンさんが亡くなる6週間前、新らたに関わった専門家は、彼女が複雑な免疫症候群であるベーチェット病

にかかっている可能性を疑った。正当な病名とともに、権威ある医者たちもアリソンさんを受け入れ、親切に

対応するようにすらなった。「彼女がこれまでずっと受けるべきだった対応を今になって受けるのを見るのは

全く耐えがたいものだった」とアリソンさんの母親は述べた。  

 

しかし、アリソンさんはベーチェット病と正式に認定されず、そのころにはすでに非常に衰弱していた。

最終的に、心臓がダメージを受け、咽頭部に大きな潰瘍ができ、胃腸障害、重篤な神経症状が併発し、

彼女は亡くなった。  

 

ローヤル・ノースショア・ホスピタルの血液学のトップであるジェームス・イスビスター医師は、アリソンさんが

子供の時と10代で病気が再発した時に彼女の治療にあたっていた。(それ以外の時には彼女は別のシドニー

の病院で治療を受けていた)。

彼は自分の娘がアリソンさんの学校友達ということで、個人的にも繋がりがあり、彼女のことを才気にあふれる、

知的で明るい女の子と表現していた。  

 

イスビスター医師は、「正直なところ、最期は、手の施しようがなかった。彼女に対する医療機関の対応には、

非常に困惑してしまうことが多かった。

彼女が体験した多くのとんでもないことは、医師自身の恐怖感と能力不足を投影したものである。

なぜ、彼女が医学的に重病であると、いずれの医師も考えなかったのか私には分からない」と言い、

彼女は、侮辱と残酷な扱いを受け、尋常でない身体的な苦痛を味わい、まるで、「強制収容所に入れられた人

のようであった」と述べた。  

 

イスビスター医師は、理解できないことを認めることができない医療システムを嘆いた。

一人の教育者でもある彼は、医学生に対し、「偏見を持たないことの重要性と、症状よりも患者に注意を傾ける

必要性」を強調した。

「病気の存在を信じなければ、決して診断できないのだから」と、彼は学生たちに教えた。

 

疲労という言葉が病名に含まれているので、慢性疲労症候群(CFS)が大したことのない病気に聞こえる

かもしれないが、一方、診断基準は、実際には非常に厳しいものである。

少なくとも6ケ月以上、説明不可能 な疲労が認められ、記憶力低下、集中力の欠如、のどの痛み、

頸部リンパ腺の痛み、筋肉痛と関節痛、頭痛、運動後の不調が長引くなどの症状を伴わなくてはならない。

 

 

慢性疲労症候群は症状が、比較的軽度なものから重度にわたる。

重度の症状は比較的にまれだが、オーストラリアでは、多くの患者が重度の症状に悩まされている。  

 

ジム・チェンバーズ氏は息子ジェレミーさんについて、他人と論じる時、「もしあなた方がこの世で病気になるなら、

よく知られている病気にならないと大変ですよ」と、語っている。

 

28歳のジェレミーさんの状態はいまなお悪化しており、暗くした部屋に住んでいる。以前は、 文章を書くことと、

読書が大好きな大学院生であったが、本のページを見ると眩しくて我慢できず、今では本を読むこともでき

なくなってしまった。

 

薬品の匂いにもひどく苦しんでいる。「50歩先のひげそりローションの匂いを感知し、更にそれが原因で片頭痛

になる人を心因性の疾患をもつ人といえますか」と、彼の父は激しく問いただした。

「慢性疲労症候群にかかった子供たちはほったらかしにされている。複雑な病気なのに、いわゆる専門家たちは、

一部の情報だけしか見ていない。」

 

ジム・チェンバーズ氏によれば、息子ジェレミーさんのガールフレンドも、今は回復に向かっているが、

慢性疲労症候群の患者だ。2人とも5年前に腺熱発症後に慢性疲労症候群を発症した。

しかし、この事実に地元の研究者たちは全く関心を寄せなかったと、ジム・チェンバーズ氏は語った。

 

 

訳注:多くの慢性疲労症候群患者は、何らかの感染症後発症している者が多い。

 

現在、息子さんのガールフレンドの家族は海外からの実験的な治療を模索している。

 

 

ジェニー・ヒルさんはオーストラリア、カウラの女性だが、10代の時に慢性疲労症候群を発症した。

しかし、脚が制御できなくなり、足首からだらりと下がりばたつくようになるまで、全く真剣に受け止め

てはもらえなかった。

「歩くことが出来なくなる前の3年間も同じぐらい具合が悪かったのよ」と、彼女は言う。

シドニーの医師が「今は医学的な問題である」と、突如彼女を他の病院に紹介したことにより、

それまでは心因性の症例と考えられていたことが発覚した。  

 

22歳のジェニーさんは現在快方に向かっているが、それは血液から血漿を取り除いてドナーの血漿と

交換する輸血技術、「血漿交換療法」を定期的に行っているおかげだと、彼女は信じている。

しかし、医師たちは、この治療法は、より重篤な患者にとっておくべきだと彼女に言い続けている。

「病気への救いを求めることが、このように困難であってはならない。」とジェニー・ヒルさんは訴える。

 

訳注:血漿交換療法は、慢性疲労症候群のような”大したことない”病気に

使われるべきではないと医師たちは考えている。  

 

<慢性疲労症候群 >
 
・アメリカ疾病予防管理センターによって1988年に初めて定義された。
 
・病名について、米国では、慢性疲労症候群(CFS)のほか、筋痛性脳脊髄炎(ME、英国での病名)
 または、慢性疲労免疫不全症候群 (CFIDS)と呼ばれることもある。
 
・アメリカとイギリスの推定値によれば、慢性疲労症候群は200〜500人に1人の割合で、 
 罹患する可能性 がある。・オーストラリアには10万人の患者がいる可能性がある。
 
・最も頻度が高い発病年齢は、20〜40歳である。 
 
・女性は、男性よりこの病気に罹りやすいと考えられる。 
 
・10年前に名づけられた「ヤッピー・フルー(yuppie flu)」とは対照的に、慢性疲労症候群は、

 より下層の社会的経済階層に、より多くみられることが、いくつかの研究で明らかになってきている。 

    訳注:「ヤッピー・フルー」…エリート層のインフルエンザ

・慢性疲労症候群の患者に、抑うつ症状が伴うこともあるが、多くの患者は、抑うつ症状を伴わない。

 
・半数以上の患者は症状が改善する可能性があるが、長期間罹患している患者が
 完全に回復することはまれである。 
 
・原因は不明だが、感染、免疫反応、ホルモン障害、脳機能障害などの可能性がある。 
 

 

 

オーストラリアの新治療ガイドラインは、免疫学者 ロバート・ロブレイ博士が、王立オーストララシアン

内科医協会( Royal Australasian College of Physicians)のために開発した。

 

訳注:オーストララシアについて(Wikipedia)

http://ja.wikipedia.org/wiki/オーストラリア

 

ロブレイ博士らは、そのガイドラインの中で慢性疲労症候群が心因性疾患であるとはいっていない。

それにもかかわらず患者たちが懸念するのは「ガイドラインの文書内の心理学用語が医師に微妙に

影響する」という点である。

 

新しいガイドラインは、心理学者と精神科医が行った限られた研究成果に色づけされている。

しかし、ロブレイ博士は 「それらの研究成果を避けるわけにいかない」。

「なぜなら、科学文献であるからだ」と言うのであった。

 

「古臭い考えの“フロイト理論”は脇に置いており、このガイドラインは認知行動治療に関する有効な

側面を取り上げている」と彼は言い切っていた。

 

ただ、彼の研究グループの報告の中、「選択する研究対象群の特徴により、結果が歪められてしまう」

としたことには、価値があった。

 

研究者が行う研究対象群の偏りによって、「あまりにも病気が重い患者は、慢性疲労症候群の枠から

外れてしまう。」「心理学的用語を好まない人々も漏れてしまう」と、ロブレイ博士は述べた。  

 

従って、症状が重度な為に家から出られない慢性疲労症候群の患者は、今まで正式に研究されることもないまま

今日に至っている。  

 

2002Sydney Morning Herald―許可なく転載を禁ず  

 

 

>原文:http://www.ahmf.org/smh040502.html

 


 

 

翻訳担当者:
赤十字語学奉仕団: 鈴木俊彰、坂本靖明氏、五十嵐正喜
および、陰山理香、稲田美峰

 

 

この記事はオーストラリアの「シドニーモーニングヘラルド紙」 (Sydney Morning Herald)と、

記事の著者「ジュリー・ロボサム氏」(Julie Robotham, 医療ジャーナリスト)の著作権を得て掲載する。

赤十字語学奉仕団翻訳チームの皆様、コーディネーター渡辺隆啓様に心より感謝を申し上げます。

 

陰山理香

 

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